スタッフ

教員:竹内 徹也 教授
技術系職員:4名


歴史

1964年頃の低温センターと理学部棟

 大阪大学での低温研究は、昭和34(1959)年に日本では2台目のヘリウム液化機と極低温実験室が大阪中之島の理学部に設置されたことに端を発します。昭和36年に室戸岬に上陸した第2室戸台風のため中之島にあった理学部は高潮で大きな被害を受け、このため翌年から現在豊中キャンパスがある待兼山への移転が早まりました。中之島の極低温実験室は1 m以上に及ぶ泥流に浸され、中之島での活動は幕を閉じました。そして豊中地区移転の1期工事として、理学部に隣接して、別棟の2階建ての低温センター実験棟と平屋の液化室が建てられました。基礎工学部などの実験室の拡充に伴って液体ヘリウムの需要が増加し、2代目、3代目の液化機が導入されました。5代目のヘリウム液化装置(Linde TCF50)の時代には年間の供給量が16万リットルまで増加しました。平成26年には国立大学改革基盤強化促進費でヘリウム液化装置更新が認められ、本体を含むシステムの一部の機器更新を行いました。6代目のヘリウム液化装置は平成27年度末に設置稼働を始めました。今後も旧設備の更新や設備の拡充を目指します。